ショートストーリー

毎週月曜日に短編小説投稿を目指します。ジャンルは様々。

夏の日

Aはいつも彼女を見ていた。Aの前を通る彼女は真っ白のワンピースをはためかせながら、悠々と歩くのだ。恋に落ちた。好きだと思った。彼女は茜色に落ちる太陽よりも眩しかった、夏の日差しよりも綺麗だった。
Aは、まだ名も知らぬ彼女を毎日毎日見ていた。夏が終わる前に、彼女を振り向かせたかった。だからAは体を震わせ好きだと言う。誰よりも長く誰よりも大きな声で好きだと言った。声が揺れる。何度も何度も好きだと彼女に伝えるが、彼女はいつものように悠々と歩く。好きだ、好きだ、好きだ。Aは彼女に好きだと伝えなくてはならなかった。振り向いてもらいたかった。
Aは今日も言う。明日と明後日も好きだと言う。体が悲鳴をあげようとも好きだという。Aには時間が残されていなかった。彼女は汗を拭いながら通り過ぎる。
また今日も、振り向いて貰えない。それでもAは好きと言う。
Aはないた。好きなのだとなく。好きで好きでどうしようもない。彼女に、1度でいいから、死ぬ前に目を合わせて欲しかった。残された時間は少ない。捨てられない思いに体が軋む。何故好きになってしまったのだろう。体が日差しにジリジリと焼かれる。
今日もまた好きと言う。彼女はふとを止め、また歩き出す。
今日は雨が降った、体を濡らしながら好きだという。彼女は傘をさして早足に通り過ぎる。
好きだと言う。この思いは絶対に伝わらないことを知っていた。分かっていた。自分のこの腕では彼女に触れることは叶わない。彼女とはあまりにも異なる節くれの細い腕。体格の異なる体は文字通り足元にも及ばない。彼女を守ることは、Aにはできない。近寄ることすら出来ない。それでも好きになってしまった。
今日も好きだという。水に濡れた体は歪な音で好きを伝える。彼女は歩きながらチラリと見た。その表情は顔を顰めていた。
今日も好きだという。日は短くなり、季節は自分の命を刈り取ろうとしていた。季節は過ぎていくものである。命はもう長くない。それでも好きだという。
好きだという。夏は過ぎる。Aの声では彼女の心を繋ぐことは出来ない。それでも好きだと言う。
自分の声は届かないことは分かっていた。自分は「蝉」なのだから。
好きだという。彼女には届いただろうか?