ショートストーリー

毎週月曜日に短編小説投稿を目指します。ジャンルは様々。

卵男

全身が痛い。
 肩も、腰も、目も痛いし、毎朝起床しようとすると布団と皮膚が引っ付いてしまったように起きられない。Aはそうは言っても起きないといけないので、見えない糸で無理やり体を引っ張られるようにして体を起こした。Aはここ連日残業続きでタクシー帰りはザラであり、数日終電に間に合った試しがない。社泊も何度もあった。それでも上がらない成績について毎日上司に怒鳴られている。Aは入社3年目のまだまだ新米社会人であるが、一帯の地区の営業を任されており、営業が終わる頃はすでに外は真っ暗で、会社に戻って書類を書いていればゆうに時計の針は翌日を示している。昨日もまた、真夜中のタクシー帰りを強いられたのであった。
 千鳥足で洗面台に向かい、ふと顔を上げるとなんとも情けない髭面男が見えて自嘲気味に笑っても顔面が引きつっていて自分の顔面ながら気味が悪い。見ても楽しくない鏡から顔を背け、便意を解消するため、トイレへと向かう。ぐったりと腰をかけながら腹部に力を入れる。若干の痛みと違和感に耐える。僅かな水音と開放感と共に、尻を拭き、立ち上がる。
 振り向いて中を見るとと真っ白い楕円形のナニカ。少なくとも便ではないこれは
 「た、まご??」
 真っ白な色をした楕円形の物体は、鶏卵と非常に酷似していた。便器に落ち、ゆったり水を漂っており、つまんで取り出す。
 何が起こっているのか。
 Aは確かに力んだが排出されたものは思っていたそれとは異なったものであった。まるでAは卵を産んだようで、つまり鶏のように卵を産んだと、そういうことになるのだろうか。Aは呆然と固まるが、ふと、Aは卵を産んだ時から体が軽くなっていることに気がついた。全身にまとわりついていた包帯が剥がれるような、開放感。大きく息を吸い肺が空気で満たされた。これは、Aの見えない疲労を卵に詰め込んで老廃物として排出したとされるのかもしれない。そう、排出したとしか思えなかった。鶏卵より軽いAの産んだ卵を軽く洗い、吹いて机の上へと置く。素早くスーツに着替えてコーヒーを飲み、扉を開けて駅まで走る。眠気はとうに無くなり全力で走って会社まで行くも、心地よい疲労感だけが残った。今までは会社の最寄り駅にのアナウンスがなれば汗をかき、満員電車に乗る度に吐き気がし、朝が来る度に死にたいと思っていた。長年溜まった疲れは取れず日々蓄積されていた重りを便器に捨ててきたようだった。
 「おはようございます!!!!」
 会社に着くや否や、ざっとデスクを見る。予定を確認し、さえ切った頭で効率の良い仕事の方法をはじき出す。
 「今日はやけに元気がいいじゃないか、成績もない元気もないでは困るからね」
 「はい、精一杯取り組みます!」
 いつもは気の重くなる上司の一言も気にならない。気にならないからストレスとして蓄積されない。 営業先のリストを並べ、上司に営業に行く旨を伝えると颯爽と外出し、車のハンドルを取った。卵みたいなものを産んでからというもの、体がやる気に満ち溢れていた。卵に体内の披露を詰め込んで排出したかのようであった。疲労の色を見せないAの営業は瞬く間に気に入られ、どんどん商品が売れて言った。今までは疲労の顔が客の不評を買い、成績が上がらず、さらに疲労が溜まるというサイクルを卵が消してくれたのだ。成績は過去最も良かった。上司も何も言わずAはもっと成績を上げるため、徹夜をすることにした。もっと営業範囲を増やし、成績をあげるため資料を作る。
 Aは翌日も卵を産んだ。徹夜とは思えないほど頭は冴えていた。人が寝るはずの時間を資料作成に使えるのでとても濃密な資料を作ることが出来、営業プレゼンは成功した。やはり、自分が産むこの卵は疲れや調子の悪さをそのまま排出するものなのだ。その次の週も次の週も、卵を産むたびに丸1ヶ月間休んだかのような爽快感がある。社内の人間が疑うほど営業成績をあげたAは産み続けた卵を持ち久々に定時に帰宅した。カバンの中で卵がコツコツとなる。
 ところで、この卵は割るとどうなるのだろうか。
 考えたこともなかった。そう言トイレに流れないと考え卵はその都度取り出していたが、なんとか処理をしないとば産むだけ産んでいればいずれ場所に困る。では割って卵のからとして捨てるしかないのではないか。Aは卵をゴミ袋に入れ、パンパンにする。ふと持ってみるが、本当にカラだけの重さのように軽い。しかしかなり場所を取ってしまうからこれでは邪魔である。疲労を纏めてくれた恩があるとはいえ何とかしなければならない。

 Aはゴミ袋を括り、その上から卵を全て潰した。