ショートストーリー

毎週月曜日に短編小説投稿を目指します。ジャンルは様々。

バーのおねえさん

す看板のネオンが僅か雑音を鳴らす。一見お断りな雰囲気のバーにふと足を止めた。夜中だが看板のネオン以外に光はなく客引きする気のないそんなバーの扉を押した。からころと子気味良い音がなり数セットの机とカウンターが見えた。外で見るより中は広いとそんな印象だ。客は1人のみカウンターに座っており、マスターは不在だった。Aは適当なカウンターに腰掛けた。
 「少し待てばお酒は来ますから」
 唯一の客である女性は席ひとつ挟んで話しかけてきた。マスターが来るという意味だろうか。仕組みがよくわからず少し待っていると前髪がよく伸びて顔があるのか分からないマスターがいつの間にかグラスに青い酒を持ってきた。酒を置くとすぐ店の奥へと消えてしまった。ウェルカムドリンクのようなものだろうか。置かれた酒は青空のようで白い泡があり青色ではあるがビールのようであった。青いビールなんて初めてだが1口、飲んでみた。苦味を抑えた味わいは軽やかで僅かな甘味はビールとカクテルの間のような味だ。付き合いでよくビールを飲んでいたが、ビールの特に苦いのは実は苦手で、好みをよく抑えた酒であった。隣で女性が横目でこちらを見て僅かに微笑んだ。
 「ここのマスターは人を見るだけでどのような酒が好きか、分かるのよ。次は何が飲みたいのか、どれだけ飲みたいかも把握しているからわざわざ注文しなくてもお酒を出してくれるの。勿論、あなたの予算も考慮してくれてるわ」
 本当だろうかと半信半疑だが、1杯だされたこのビールには好みが反映されており間違いではなさそうだった。口の中にはわずかな渋みと果実のような甘みが混じり、とても美味しく感じられた。
 「マスターは凄いですね。手品かなにかですか?それとも何か、話し方や見た目、行動から好みを読み当てる力でもあるんですか」
 女性は手元の真っ黒のカクテルを持ち、席を移動して隣に来た。グラスをゆっくりと混ぜながらこちらを見ている。カクテルのような艶やかな黒い髪は腰まで伸び、強気な目元は挑戦的に細められ、店内の光に当てられた顔は白く、赤の口紅がよく映えていた。ふふ、と女性は笑う。
 「私もね、触れるとその人のことがよォーくわかるの。試してみる?」
 ゆっくりこちらに体を向ける女性にドギマギしていると女性は手の甲とAの手の甲を触れさせた。
 「○○で産まれて、こちらに就職かしら?×月×日生まれで両親と妹さんがいらっしゃるのね。」
 Aは目を開く。占った経験はないが占い師より完璧に当てているのではないだろうか。驚きで乾いた口を潤すべく青いビールを1口含む。
 「A。そういう名前なのね、とてもいい名前。×○という両親の願いが込められているのね……。小中高、大学までサッカーを続けていた、そしてあなたはキャプテンになりたかったけど、なれなかった。お習字も小さい頃習っていたみたいだけど、上達しなかったのね、好きな食べ物は燻製チーズ実はお酒があまり強くないからチーズだけ食べるのが好きなのね。そして、彼女は、今はいないけど元カノは1人、名前はAね。どう?」
 次々と壁を剥がされていく様子を呆然と見ているだけだった。当たってるでしょ?と確信めいた彼女の表情を見ているとなんだか怖くなった。しかし、目が離せない。彼女の目をじっと見つめる。
 彼女の姿はAの元カノであるAと似ていた。
 「アア、あ」
 このバーは一体なんだ。
 慌てて椅子をひくと椅子が縦に転けたが、構うことなく1万円札を置いて手足をばたつかせながら急いでバーを後にした。
 扉が閉じるとバーは静かになる。 女性は目を細め、前髪をかきあげながら店主がカウンターに姿を現した。
 「どうしたら男性に好かれるのかしらね。マスター」
 女性は半ばやけくそに言う。
 「男は自分のことを分かってくれる女がみじゃないの?恋人と同じにすれば好きになるんじゃないの?ねえ、なんでよ男に好かれて結婚したい!わたしは愛されたいの!どうしたら愛してくれるの!愛されないと幸せじゃない!」
女は吠えた。マスターは前髪をかきあげて顔のない顔を顕にした。
 「俺には目鼻口、顔のパーツは無いが不幸だと思ったことはない。誰に怖がられようと。目が乾くこともなければ口臭を気にする必要も無い、くしゃみをすることもない便利な顔だ。俺は不幸か?」
 「……」
 「人の評価が全てではないと思うが」
 マスターはつるりとした顔を撫でた。