ショートストーリー

毎週月曜日に短編小説投稿を目指します。ジャンルは様々。

ギブアンドテイク

ギブアンドテイク
御恩と奉公みたいなものだろうかと思う人もいるのかもしれない。
だが、Aの思うギブアンドテイクとは実際のところ、友人同士の持ちつ持たれつなどという可愛い言葉では収まらない、非常に忌々しいものである。Aの思うこの言葉はただの単語や言葉ではなく、れっきとした名詞である。
ギブアンドテイクとは、とあるバーの名前である。
客が金を払って店は飲み物を提供する、そんなものでは無いおぞましく、忌々しいものだ。
客がギブするものは「客の持つ何か」テイクされるものは「能力」である。与えられた能力は時に社会を壊し、秩序を乱す。テイクされた能力を止める術は、テイクされた能力をピタリと当てること。能力をピタリと当てて、能力による秩序の崩壊を止めることがAの仕事である。

この世界のどこかに存在するバー「ギブアンドテイク」は今日も営業していた。能力を求める者の前に気まぐれに現れるのだ。ふと開けたくなったその扉の先にそれはある。
__はいつの間にか地下の階段を降りて扉を開け、薄暗いバーにいた。客はいない。薄暗くモノトーンで揃えられた家具と床に、黒い壁は如何にも怪しい雰囲気を醸し出す手助けをしていた。何人か入れそうな空間ではあるが、席はカウンターの3席のみであった。__は恐る恐るカウンターにすわる。
「こちら、__さまのカクテルとなります」
突然の声に驚くと、瞬きの間に現れたマスターが立っていた。クマのできた目と悪い顔色、ひどい猫背であるがそれでも長身を思わせる身体は白シャツに黒スラックスの黒エプロンを纏い、見た目はいかにもマスターといったものであった。唯一おかしいのは黒エプロンの位置が腰ではなく胸あたりで括ってあることであり、非常に滑稽である。
__は提供されたカクテルを覗き込んだ。夕焼けをグラスに閉じ込めたような赤色のカクテルは、中心をオレンジ色にゆらめかせ、夕日そのものみたいである。
「注文してません」
__は座った途端提供されたカクテルに首をふった。しかし、マスターは独り言のように続けた。
「このカクテルの代わりに対価を払う覚悟が、ありますか?ここはバー"ギブアンドテイク"貴方に力を授けるギブの代わりに貴方の持つ何かをテイクして頂きます。」
グラスの夕焼けが揺れた気がした。
「能力が公になるか、能力を当てられと、__さんは即時に死にます、が、特別に、なりたいですか?」
マスターと目が合う。
__はグラスを傾けて、飲み干した。

ある日唐突にその事件は起きた。
異能力を使った殺人事件。腕を刃にする能力で何人もの人が犠牲になり、犯人は「誰もが知っている」にも関わらず、証拠は腕の中に消える為、犯人を逮捕することが出来なかった。法律には異能力を使った犯罪が行われることを想定されていないため、

  Aは残す人だった。

  行った先々では1つ、お土産を買うしその地を代表するような場所で写真を撮った。絵を描いて、旅行先の感想を書いた。母校には何かしらの寄付をした。Aは毎日日記を忘れなかった。

  Aは今まで購入したCDも小説も手元にあるし、レシートも給与明細もある。そしてそれらは全て整然と並べられている。その並べ方は、大抵時系列事であった。軌跡に近いものであった。人は死ねば人生の全てを占めている意識が消える。消えてしまえば自分という存在もいつか風化する。人と関わったとしても、その人間もまた死ぬ。そうなれば完全に消えてしまう。だからこそ、Aは何よりかたちのある何かで残したいのだと考えた。ネットはダメだ、データが壊れ、破するかもしれない。ネットは人が作ったものであり、いつかなくなるかもしれない。何より現物がないことはAを不安にさせたから、AはAの記録をデータにすることはしなかった。Aは人と関わる時間は無駄だと判断した。他人と関わる時間を残す時間に充てた。

  自分という存在が消えてしまうこと。

  Aは何よりそれが恐ろしくあった。

  

  Aはある時、病に伏せた。

  何とかして遺したいと思った。病室にいる間はどこかに出かけるわけでもなく、看護師や医師と必要以上に話すわけでも泣く、毎日日記を書いていた。書きなぐるようなそれはびっしりとノートを埋めつくし、Aは日記を昼も夜も書いていた。病に蝕まれる己の顔を写し、日記に毎日貼り付けた。遺すことに焦りがあった。1秒でも多く遺すことが何より大事であった。病室の窓から見える景色も逐一記録にとり、筆を走らせ続けた。手術を提案されたが、手術する時間すら惜しいと断った。

  Aは亡くなった。

  病室にはAが望むように大量の記録が残り、写真を入れたことによって大きく膨らんだノートはかつてAの住んでいた家へと送られた。Aに血縁はなく、友人もいなかった。記録を保管する者がいなかった。Aが生涯かけて残した記録はゴミとして捨てられた。

狭い狭い視界

人は自分が思う以上に凝り固まった思考をしている。そしてそれは、常に、毎日、毎時間、毎分毎秒でコリを解していかねばならない。
例えば、Aが「太陽は赤い」と思っているとするならば、太陽が赤く染っている夕暮れの写真や子供の書いた赤い太陽の絵を好んで見るようになり、視界には赤い太陽の絵しか入らなくなるのだ。実際によく見る、昼間の天高く昇る太陽の光は、危険を冒して見れば「白」だ。
しかし、Aは毎日見ているにも関わらず、太陽の色を塗ってと言われれば赤で塗るだろう。
人は思っている以上に自分の考えと異なる意見は雑音にしか聞こえず、視界には入らないものである。だからこそ、常に批判的味方をしていくべきである。

自信とは

永く生きていればいるほど、自分の考えが正しいと思うことが多くなる。要領を得て正しいと思うことがわかってくる。


そこが怖いとAは思う。

正しい意見は自分の殻をより強くしていく。正しいの物差しは常に変化する。殻は周りの変化を見えなくする。

そういう者に、なりたくない。

虫とは

僕に痛覚は無いと思う。

痛覚というのは、例えば、簡単に言うと、
━━━━学者には怒られてしまうかもしれないが
体が危険な状態になった時に、危険だよ、このままだとこの体は壊れてしまうよ、死んでしまうよとそういったメッセージであると思う。危険な状態を何とか排除してもらおうという感覚これが痛覚なんじゃないかって。
ただ、もう助かりようのない、生き続けることの出来ない怪我や傷を負った場合は痛覚なんてものは実はないんじゃないかと思う。死んだことなんてないから分からないけども。例えば、切り傷が痛かったから、切腹が1,000倍痛いということはなくて、一定の痛さまで来たら、もう痛さなんて無くなるんじゃないかと。切腹したことなんてないけれど。
気絶したりというのはこの1種なのだと思う。
だから、足や腕がすっぱり無くなってしまったとしたら、僕は痛みに気絶してもう動かなくなると思う、痛覚があれば。

だから、僕に痛覚は無いと思う。
手足がなくなって、頭がなくなって、片方の太腿だけだけれど、こうして動けるのだからやはり痛覚はないのかもしれない。

「まずなんだけどぉね。スマホなんてものがぁ普及したからというのも理由の一つだと思うよ?でもね、真実を伝えるべきメディアが真実を伝えないという不信感じゃないかと僕はぁ思うんだよ。」
Aの前に座る男は早口に言った。
「テレビというメディアにもう価値は無くなってしまったというわけだ。」
男はふと外の窓を見た。Aも釣られて左を向くと夜空を背景に自分の顔がうっすらと映る。
「テレビが今まで支持されていたのはなぜだと思う?僕はね、庶民が言えないことを、庶民を代弁してより多くに伝え、庶民同士を共感させるツールであったからだと僕はァ思うよ。テレビは平民の味方で、代弁者で、知りたいことを教えてくれる内々仲間であったから支持されたんだぁ。
だが今のテレビはどうだ?大きか影響力を持ったことで奢り権力の上に胡座かいてニタニタ笑っていたわけさ。」
へぁっと不器用に笑った男の顔は大変皮肉めいていた。
「庶民をであれど、アホじゃあない。今は……おいあと何駅だ?まだ先か、そうか。それでな、ええと、そう、テレビはもはや庶民の味方では無くなったというわけだ。庶民なんていつでも騙せると思っていたのさ。テレビである俺たちを信じるしかないとねそんな態度が滲み出ていたのさ。」
男はモゾモゾと足元の荷物を正し、姿勢を直した。
「真実を捉え、サラリーマンが酒の席で愚痴るような、余興のようなそういうのが見たかったのさ。でも今は、違う。特に若いのはな。」
駅名を伝えるアナウンスに男はすっと立ち上がる。合わせてAも立ち上がり、つり革を持った。
「若いのが生まれた時にテレビはもう神話では無くなってたんだ。受け入れられない差別を流して不快にさせ、真実は闇で覆い隠され、権力にまみれたテレビというメディアはもはや存在意味が無い。忖度のないSNSのがよっぽど信用性があるという事だ。テレビはもはや、見放されているんだ。挙句の果てにはSNSのトレンドを数週間遅れで伝える出来の悪い情報媒体さ。」
ガタンと揺れ、電車が止まり、扉が空いた。男は軽く手を挙げて出た。

あにもうとⅠ

Aは手が止まった。全く分からない文字の羅列を見て頭がおかしくなりそうだった。意味不明な文字列にわからない人名、勉強出来なかったことを後悔しそうになったが自分は忙しかったのだ、仕方ないと納得した。

先日、兄が亡くなった。
交通事故に遭ったらしい。暴走してきた車と電信柱に挟まったとか。そう聞いた時Aは怒りと哀しみと兄への止めどない同情にあふれた。痛くて苦しかったに違いない。まだ生きていたかっただろう。兄は、物静かな人だった。あまり話したことはなかったが、仲はよかったように思う。少なくとも悪くはなかった。穏やかであまり感情表現がない人でAはそんな兄に我儘ばかりで時に気分に任せて怒ったりもした。兄は、何を考えているかよく分からないことも多かったが、兄は、勉強が好きで、日本史が好きだった。今度は京都に行きたいと行っていた。どこに行こうかと嬉しそうにしている時もあった。兄との別れの式は静かだった。私は兄を失ったという悲しみはなく、現実味のない話にぼうっとしていただけだった。

日本史のテストを見る。
『…………』
囁き声が聞こえた。Aは辺りを見回すがテスト中の教室は至って静かだ。Aは言われたとおり答えを埋めていく。
『……』『……』『……』『……』
次々と聞こえてくる声に従ってシャーペンを走らせた。震える手で答えを書き、冷や汗を拭う。声は兄そっくりであった。

家に帰ると玄関扉の外にぼうっと兄が立っていた。兄はAを見て僅かに口角を緩めた。この笑い方も表情も兄そのものである。高校の制服を着た年子の兄はAよりずっと大人びていた。
「お兄ちゃん、い、いきてるの?」
『……、……』
兄は目をつぶって苦しそうな表情だった。ゆっくり首を振ると向かいの道路を見た。確かに、兄の姿は通行人には見えていないようだった。兄は、Aの手を取ろうとしたが、ホログラムのように透けた。 つまり兄は、幽霊のようだった。
『………………』
しかし、Aの知っている幽霊のように扉や壁をすり抜けることは出来ないらしい。Aは扉を開けて「ただいま」と言って扉を押さえて兄を上げた。 兄は、生前よりさらにゆっくりとした歩みで家にあがった。Aは兄を仏壇まで案内した。Aは仏壇にある兄の写真を見て、隣の兄は、もう亡くなっているのだと自覚した。兄は、まさか自分の仏壇を自分で見ることになるとは思わなかったのだろう、自分の写真を見てなんとも表現しがたい複雑な表情をした。生前からよくわからない人ではあったけど。Aは写真の兄に手を合わせた。兄はそれをじっと見ていたようだった。
「おかえり、A」
母は仏壇の前に座るAを見て悲しい表情になった。母は「ごはんできてるからね」とそう言って台所に戻っていった。勿論兄のことは見えていないようだった。
『…………』
「そうだね」
Aは夕飯を食べ、風呂に入って部屋へと戻る。生前と同じように部屋に入ることを躊躇う兄を部屋に入れて作戦会議をすることにした。