ショートストーリー

毎週月曜日に短編小説投稿を目指します。ジャンルは様々。

侵略者

非人。
 そのままの意味である。人でないもの。単純。
 なぜ単純な名前なのか。彼らは1年前地球に降り立ち、「名前をつける時間を与えない」程早く人を殺していたから。彼らはなんの為地球に来たのか、なぜ殺すのか一切の説明はなかった。
 
 白くヌメリとした肌の非人。頭は大きく丸い。反して身体はのっぺりと細く、長い。青いゴーグルのような目を向け、こちらを見た。ロボットのようにこちらを見た物体をAはよく知らないが、殺される、とそう思った。壁際に追い詰められたAは命の終わる瞬間を感じていた。臓物の底から上がる恐怖。人ならざる者。それでも人の本能は生きたいと、なんとか助からないかと思案し、半歩移動した時
「逃げて!」
子供の声がした。人がいたことと、この状況から逃れられるとAは安堵した。横にいたキノコの笠のような髪型をした少年は両手を大きく広げ、Aが瞬きした時には、景色は変わり、知らぬ空間にいた。
透明な核シェルターのような空間で、壁は透明ながらもシャボン玉のようにキラキラと輝いていた。空間の中には先程の少年、二人の少年少女、Aは突然のことに戸惑い、まだ心臓が痛く、煩く鳴っている。一方、少年少女は通学電車に乗る小学生のようにひどく落ち着いていた。シェルターのような空間から外を見遣る10歳になるかならないか辺りの少年達の目は歳不相応に険しい。
外を見ると、シェルターのような虹色の空間ごとまるでスペースシャトルのように空を高速で移動しているようだった。
 「ここは」
 「君を隔離し、運ぶために来た。1人でも多く、とにかく非人から遠ざけるよ」
 「俺はどう……」
 「無事に送る。それが使命だから」
 笠頭の少年が簡潔に答えた。その目は子供らしくなく夢を語らず、己の使命を云う目であった。

 非人が現われてからみるみるうちに人口は減少していった。隣にいた同僚はいつの間にか消え、母は二度と返ってこなかった。非人が現れて当初は新聞やテレビでも亡くなった人が何人も報道されていたが今や非人によって亡くなることが普通となっていた。人口の減少により、人間社会は運営していくことが不可能になっていた。

 少年が動かしているのか、猛スピードだった虹色シェルターは次第に減速して芝が所々生い茂る広い地へと近づき、シェルターは泡のようにパチンと弾けた。Aはぎょっとした目であたりを見回した。視界は虹色から解放される。
「大丈夫。安全なところに運んだから」
男性は僅かに安堵の色を見せた。
 「俺達は、結局どうしたらいいんだ。非人、って一体なんなんだよ。君たちは知らないか?」
 男とAの質問をうけて少年は目を閉じて静かに語る。
 「彼らには銃弾や砲撃は勿論。空を飛ぶことも地中にもぐふことも水中で泳ぐことも出来る。酸などのあらゆる液体での攻撃や気体━━━━━━━毒ガス攻撃も効かず、落下時の衝撃すら無い、と言われてる。光線での攻撃も効かず、拘束してもまるで紙くずのように破いてしまうから彼らに対抗する術は全く、ない。彼らは不死身で未だに何が目的なのかわからない。希望をあげるとするなら、繁殖はしていないことで確認されているのは130体いるということだ。彼らは無差別だ。人口の多いところを集中して来る、ということも無く。突然現れて突然消えるモノ。」
 130。僅か130体によって人類の約半分は消えたのだ。分かってはいたがその恐ろしい事実に身震いする。
 「彼らから逃れる以外に術はない。いつ彼らが来るか分からないからここにいた方がいい。ここ以外は彼らが来る危険性が高いから絶対にここにいて。」
 Aがなにか言おうと口を開くも、少年たちはそういうと男とAを広場に残し笠頭の少年はふわりと泡を作った。少年たちと共にシャボン玉に入ると高速で浮き上がり、青空へと吸い込まれた。
 それから数分2人は佇んでいたものの、Aはあたりをサッと見て歩き出す。
「お、おいどこへ行くんだ!?」
男が叫ぶのも他所に早足で広場を離れた。
 おかしい。
 非人が日常を破壊し、少年たちが妙な力で自分たちを助け生きるか死ぬかの状況から逃れた非日常を経験して混乱していた。しかし、少し考えてみれば矛盾だらけだ。非人がどのように人を殺しているのか見たことは無いが、世界の約半数である約35億人をたった130体で殺せるとは思えない。そして、人口の多い所少ない所、人種性別関係なしに殺す非人相手にここは安全などということは無いはずだ。
 ここはどうなってる?
 何が正解で何が正しい?
 分かることは、ここは安全とは言いきれないことだった。少年たちはAを助けたが、あの話が事実であるとは言い難い。
 Aはどこか隠れられる場所を探す。非人は何時現れるか分からない。いつ死ぬか分からない恐怖が体を縛る。白が見えたら最期である。
 もうほとんど使われていない地下鉄への道か、荒廃しきった高層の建物へ行くか逡巡し、地下は逃げ場がない、と建物へと移動する。この辺りで高層の建物はもう、これしかないようだった。少年の話は真実味がないとしたが、非人に合えば逃げるべきであることは確実そうだ。
 エレベーターのボタンは光を失い、中は酷く荒れている。何故か上へ行けば狙われにくいのではないかと思った。階段を上る、壁のヒビをなぞりながら上へ。光のない階段を何度も登り、出る。管理者の消えた建物は荒れているが隠れるにはいいかもしれない。
 ふと窓を見る。ひび割れた景色から静かになった街を見る。
 非人と戦うため、あらゆる兵器を用いた結果、建物らしい建物はなく、道路は壊れ建物は倒壊し、1年前まではあらゆる人で賑わっていた街は跡形もなかった。人影はない。1年前と違うのは、街であった場所にポツポツと虹色をしたシャボン玉があること。
 ふと、空を見る。
 いつもならば青い空のはず。
 しかし、青空はたくさんの虹色をしたシャボン玉に占拠されていた。遠近法を考慮しても何人か入りそうな、シャボン玉。見た目はシャボン玉なのだが、飛行機のように空を横断し、時に虹の残滓を残して割れる。見覚えのあった、あのシャボン玉。
 「俺以外にも、助けはあった……?」
 綺麗なはずの虹色は、もはやAに恐怖を与えつつあった。異様な光景。いや、非人とは言ったが、彼らが人を殺す場面を1度も見ていない。
 「気づいたの」
 ここにはだれもいなかったはずだ。
 後ろを向けば傘頭の少年がいた。
 「非人……だっけ?彼らは人間を殺しちゃあいないよ。ニンゲンが勝手に騒ぎ立ててあらゆる兵器を用いて、ニンゲンがニンゲンを殺していたのだから、面白いよね。手間が省けたよ」
 面白いと言いながら全く面白そうな顔をせず少年は手を広げた。シャボン玉は通常膨らませて丸を作るが、彼の作るシャボン玉は唐突だ。自分の視界はいつの間にか虹色になっていた。彼らはこうして人間を消していたのだ。非人に殺されていたのではなく、人間に殺されていたのだ。人間でないものを恐怖する思い込みが人間に隙を与えたのだ。
 「待て、」
 彼らはAをなんと呼んだか、助けるとは一言も言ってなかったはず。待てと言う声は少年に届くのか。目の前の少年は一体何者なのか。
 「僕達は人間が減ることを望んでる。非人……?と呼ぶ彼らが人を殺さないことを知ってしまったのなら消すしかないよ。本当は、彼らが悲しむから彼らの目の届かないところに逃げてもらうのが最善なのだけど、仕方ないよね。僕達の使命は"ニンゲンが彼らの前に姿を現さないこと"彼らは地球?に住みたがっているけど、ニンゲンがいたら彼らの文明を持ち込めない。共存なんてできないからね。彼らは優しいからニンゲンを殺すことはしないけど、だから僕らは彼らの心が痛まないようにこうして人間を消すのが仕事。"研修生"はいないからわざわざ運ばずにここで消すね。
 では、さよなら」

 パチン、とシャボン玉は弾けた。

 非人。
 そのままの意味である。人でないもの。単純。
 なぜ彼らは1年前地球に降り立ち、「名前をつける時間を作れないほど」彼その異なる容姿に人間は恐怖した。なんの為地球に来たのか、人間は一切知ることを放棄していた。そして非人もまた、自分たちが地球に来ることによって異星の種族が滅ぶのか知ることもなかった。